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最高裁判所第三小法廷 平成3年(オ)2041号 判決

上告人

共栄火災海上保険相互会社

右代表者代表取締役

行徳克己

右訴訟代理人弁護士

内林誠之

被上告人

小田裕

小田ユリ子

右両名訴訟代理人弁護士

寺沢隆明

主文

原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき、被上告人らの控訴をいずれも棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人内林誠之の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  渡辺景二は、その所有する普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)につき、昭和六二年五月二四日上告人との間で、搭乗者傷害保険を含む自動車保険契約を締結した。右保険契約中搭乗者傷害保険に関する部分は、自家用自動車保険普通保険約款中の搭乗者傷害条項(以下「搭乗者傷害条項」という。)に従ったもので、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」を被保険者とし、被保険者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被り、その直接の結果として、事故の発生の日から一八〇日以内に死亡したときは、死亡保険金五〇〇万円を被保険者の相続人に支払う旨の条項が含まれていた。

2  昭和六二年一〇月四日、広島県福山市内の国道上において、渡辺の運転する本件自動車が転回中に後方から走行して来た大型貨物自動車に追突され(以下、右事故を「本件事故」という。)、本件自動車に同乗していた小田美千代は右事故により脳挫傷等の傷害を負い、同月六日死亡した。被上告人らは美千代の父母であり、その相続人である。

3  本件自動車はいわゆる貨客兼用自動車であり、後部座席の背もたれ部分を前方に倒して折り畳むことにより、折り畳まれた後部座席背もたれ部分の背面と車両後部の荷台部分とが同一平面となってこれを一体として利用することができる構造になっていた。本件事故当時、本件自動車の後部座席は折り畳まれた状態で、右の場所には洗剤、鍋等の商品が積まれていたが、美千代は、右の場所に商品の脇に少し身体を起こした状態で横たわって乗車していたところ、前記大型貨物自動車に追突された衝撃により、本件自動車後部の貨物積載用扉が開き、右商品と共に路上に投げ出された。

二  原審は、右事実関係の下において、いわゆる貨客兼用自動車の後部座席は座席としても荷台としても使用することができる構造になっているから、もともと人間が搭乗しないという前提で設計されている乗用車のトランク又は貨物自動車の荷台等とは異なり、たまたま後部座席の背もたれ部分を折り畳んで使用していたからといって、直ちに「正規の乗車用構造装置のある場所」でなくなったということはできないとし、美千代は搭乗者傷害条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に当たると判断して、前記保険契約中の搭乗者傷害保険に関する条項に基づき死亡保険金の支払を求める被上告人らの請求を認容した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

搭乗者傷害条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、乗車用構造装置がその本来の機能を果たし得る状態に置かれている場所をいうものと解するのが相当である。けだし、右条項にいう「乗車用構造装置」とは、車両に搭乗中の者が車両の走行による動揺、衝撃等によって転倒、転落することを防止し、その安全を確保するための装置をいうものと解すべきところ、搭乗者傷害条項は、車両に搭乗中の者が、右装置が本来の機能を果たし得る状態に置かれている場所に搭乗していたにもかかわらず発生した事故によって生じた損害を補填することを目的とするものであって、それ以外の場所、すなわち右装置が本来の機能を果たし得ない状態に置かれている場所に搭乗中に発生した事故による損害まで補填しようとするものではないというべきだからである。

前記事実関係によれば、本件事故当時美千代が乗車していた場所は、いわゆる貨客兼用自動車の後部座席の背もたれ部分を前方に倒して折り畳み、折り畳まれた後部座席背もたれ部分の背面と車両後部の荷台部分とを一体として利用している状態にあったというのであるから、右の状態においては、後部座席はもはや座席が本来備えるべき機能、構造を喪失していたものであって、右の場所は、搭乗者傷害条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所」に当たらないというべきである。

したがって、これと異なる判断の下に、美千代が搭乗者傷害条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当するとして、被上告人らの保険金請求を認容した原審の判断には、保険契約の解釈を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響することが明らかである。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、前に説示したところによれば、被上告人らの本件保険金請求は理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきであり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人らの控訴は棄却すべきものである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官千種秀夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官千種秀夫の補足意見は、次のとおりである。

私は法廷意見と結論を同じくするものであるが、保険約款の解釈、適用について、若干補足しておきたい。

一 法廷意見は、本件搭乗者傷害条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、乗車用構造装置がその本来の機能を果たし得る状態に置かれている場所をいうものと解するのが相当であるとし、その理由として、右条項にいう「乗車用構造装置」とは、車両に搭乗中の者が車両の走行による動揺、衝撃等によって転倒、転落することを防止し、その安全を確保するための装置をいうものと解すべきところ、搭乗者傷害条項は、車両に搭乗中の者が、右装置が本来の機能を果たし得る状態に置かれている場所に搭乗していたにもかかわらず発生した事故によって生じた損害を補填することを目的とするものであって、それ以外の場所、すなわち右装置が本来の機能を果たし得ない状態に置かれている場所に搭乗中に発生した事故による損害まで補填しようとするものではないと解すべきだからであるとしている。そして、右解釈の下に、本件自動車のような貨客兼用の自動車において、後部座席の背もたれ部分を前方に倒して折り畳み、後部座席背もたれ部分の背面と車両後部の荷台部分とが同一平面となり一体として利用できる状態になっているときは、右の場所は、前記条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所」には該当しないとしている。

二 右の判示は、この限りにおいては一応相当であるが、強いていえば、本件約款の前掲文言については、若干の疑義がないわけではない。前記条項中「正規の乗車用構造装置」というものが「車両に搭乗中の者が車両の走行による動揺、衝撃等によって転倒、転落することを防止し、その安全を確保するための装置」であることにはさしたる疑問はないが、約款は、そのような装置を利用して搭乗している者を被保険者としているのではなく、そのような「装置のある場所」に搭乗している者を被保険者としているからである。この文言に従えば、被保険者は、座席に座っている場合に限らず、そのような装置のある車室内にいれば、立っていても寝ていてもよいのであって、その意味では保険の対象範囲は右にいう「構造装置」自体をその用法に従って利用している場合よりも広いのである。換言すれば、そのような装置のある場所に搭乗しているのであれば、その装置を使用していなくても、保険契約の上では同等に取り扱ってよいとの判断に基づいているといわなければならない。それならば、そのような装置のある場所であれば、その装置が折り畳まれ、あるいは倒されて平坦になっていたとしても、なお右約款にいう「場所」に該当するのではないかという考え方が生じる可能性も否定できないのである。その意味では、右約款の表現は、救済を拡大した反面、その趣旨を不明確にしたきらいがないとはいえない。

三 ただ、本件のような自家用自動車に搭乗する者の傷害保険は、本来人を乗せるための自動車に人が通常の方法で乗車している場合を想定して、傷害による損害を補填しようとするものであるから、常識的に考えれば、人の通常乗らないところにわざと乗ったり、人の通常やらないような乗り方で乗車して、普通なら起こり得ないような事故が起きた場合には、そのような事故は保険の対象から除外されるのが当然であるといえる。トラックの荷台、さらには乗用車のトランクあるいは屋根の上に乗ったりするのがそれである。本件約款も、本来はそのような内容を規定する趣旨であったことは、その文言から容易に理解される。したがって、その本来の趣旨からこの文言を読めば、正規の乗車用構造装置が折り畳まれて荷物を置く状態とされ、本来の乗車用装置として機能を果たし得ない状態になっているときは、その場所は、もはや「正規の乗車用構造装置がある場所」ではなくなったとみるのが常識にかなった解釈といえよう。

四 しかし、今日のように、日常生活における自動車の利用状況が多面化し、製造技術の発達とあいまって、構造上も臨機にその時々の目的に従った利用形態がとられるようになると、右の約款の文言では一律に決しかねる場合が多くなることも予想される。本件のように、乗用車ではあるが、座席を折り畳んで荷物の積載に便利なように変換し、あるいは座席を倒し平坦にして寝られるようにするなどである。それらは、必要に応じて、一部だけ変換することも可能である。新しく生じたそれらの様々な状況をそれ以前に作られた約款によって一律に決することは困難なことであり、車両を利用する加入者においても、常識の上で、それが保険によって補填されるか、それともされないかを判然と区別できない事態も起こりかねない。

五 保険契約は、いわゆる附合契約と称せられるように、大量の保険契約を同一の約款に従って締結するものであって、契約ごとに逐一条項を決するわけにはいかないのが実情であり、その契約内容が、万が一に生じるかもしれない将来の事故にかかわる問題であることから、とかく加入者としては、契約文言を逐一厳格に検討することを怠りがちである。そのような契約においては、契約約款は、誰びとにも分かり易く記載しておくことが望ましいのであり、もしその記載の意義について見解が分かれ、それぞれにある程度の合理的理由が認められる場合には、直ちに加入者に不利益な解釈を採るべきものとはいえない。約款を作成する保険者側は、その知識経験からして事故発生の状況について、加入者よりはるかに多くの情報に精通しているはずであって、保険の対象から除外すべき場合を書き分けることは容易な立場にあるからである。事実、もし本件のような貨客兼用車において、座席を倒して荷物を置くようにしている場所に搭乗していた者が、保険の対象から除外されるのであれば、そのことを約款に明示することはさして困難なこととは思われない。搭乗者の傷害保険に関する保険約款に前記のような文言が遅くとも昭和四〇年ころに既に使用されていたことは公知の事実であるところ、その後今日まで二十余年の間に車両の構造は多様化し、本件のような貨客兼用車の種類、数量も飛躍的に伸びているのである。こうしたものが日常生活の中で多数利用されるようになれば、これを利用する人々の生活意識の中では、少なくとも保険の適用においては、乗用車の車内であれば、座席に座っていようが、それを倒したり折り畳んでいようが差異はないと思う者も現れるであろうことは想像に難くない。したがって、こうした形態の乗用車に搭乗する者について、いずれが保険の対象となり、いずれが保険の対象から除外されるかということは、その時々の社会の実情に合わせて逐次明確にしておくことが要請されているというべきである。

(裁判長裁判官大野正男 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

上告代理人内林誠之の上告理由

原判決には、以下のごとく民事訴訟法三九四条(判決ニ影響ヲ及ボスコト明ナル法令ノ違背アルコト)および同法三九五条一項六号所定の違法があり、原判決中、上告人敗訴部分の破棄は免れないものというべきである。

一 まず第一に、原判決は、自家用自動車保険における搭乗者保険支払約款中の保険金受給資格である「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」という規定の法解釈を誤り被上告人らの請求を認容したものであり、かつ、右原判決の解釈は最高裁判所平成元年三月九日の判例(昭和六三年(オ)第一五六一号事件)にも抵触し、又、理由不備、理由齟齬の違法が存するものである。以下、詳述する。

二1 ところで、右保険約款における「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、道路交通法第五五条所定の「乗車のために設備された場所」と同義であり、さらに同法の規定をさらに具体化して規定している道路運送車両の保安基準(昭和二六年七月二八日運輸省令第六七号)二〇条一項の「乗車人員が動揺、衝撃等により転落又は転倒することなく安全な乗車を確保できる構造の場所」と同義語であり、具体的には運転席、客室内の座席およびつり革、にぎり棒等を有するバスの立席、二輪自動車の後部座席等はこれに該当するが、元々、人間が搭乗することが予定されていない乗用自動車のトランクや貨物自動車の荷台、原動機付自転車の後部荷台等はこれに該当しないものとされている。(定説、鈴木潔他注解交通損害賠償法七八九頁以下、自動車保険講座Ⅱ自動車責任保険二九四頁以下)そうして、この点の右解釈については、原判決もこれを是認していることは明白である。

2 次に、本件事故当時、亡小田美千代(以下、美千代という。)が乗車していた自動車(以下、本件自動車という。)は日産グロリア五四年式であり、同車は後部座席シートを倒してこれを荷台として使用することができる構造のいわゆる貨客兼用の乗用自動車であり、かつ、本件事故当時も訴外渡辺景二(以下、渡辺という。)は本件自動車の後部座席のシートを倒して平らにした上、その上に相当数の洗剤、鍋等を積載していたこと、すなわち美千代が搭乗していた場所は荷台として使用されていたことも当事者間に争いがなく、原判決もこれを是認している。

3 そうすると、本件で、美千代が搭乗していた場所は、明白に荷台として使用されていた場所であるから、第一審判決(広島地方裁判所福山支部平成元年(ワ)第三一九号事件)が正当に認定している通り、美千代は「正規の乗車用構造装置のある場所」に搭乗していなかったものとして、本訴請求は棄却されるのが理の当然である。

三1 しかるに原判決は、右のごとく美千代の乗車していた場所が本件自動車の荷台として使用されていた場所であることを認定しながらも、第一審判決と異なり、本件自動車のごときワゴン車の後部座席は、座席としても荷台としても使用することができるように設計されているから、もともと人間が搭乗しないという前提で設計されている乗用車のトランクや貨物自動車の荷台と異なり、美千代の本件自動車での乗車場所が現実には荷台として使用されていたからといって、同所が直ちに「正規の乗車用構造装置のある場所」ではなくなったということはできないとしている。しかし、右解釈は到底是認できるものではない。

2 ところで、二1のごとく保険契約に於て搭乗者保険契約の被保険者の範囲を限定したのは、正規の乗車場所以外の場所に乗車している人の場合は、その生命、身体に対する危険も大きく、又、保安上の観点からも、保険保護の対象となる資格に欠けるものとされている。これをさらに付言すると、本件保険契約は、正規の乗車用構造装置のもつ安全性を前提として、その構造装置のある場所に搭乗中の者の接している平均的危険を基礎として成立しているものである。そうすると、右保険契約成立の基礎を前提とすれば、その「正規の乗車用構造装置のある場所」および「同所に搭乗中の者」すなわち被保険者の各意義も、右趣旨に沿ってその範囲は限定的に解釈されるのが正当である。(右の結果、搭乗することが法令により禁じられている場所たとえば、原動機付自転車の後部荷台等も正規の乗車用構造装置のある場所に該当しないものである。同旨前掲鈴木七八九頁以下、又、前記最高裁判所の判例もこの趣旨に立脚しているものと思料する。)

しかるに原判決は、前記判例および通説的解釈に反し右「正規の乗車用構造装置のある場所」について右のごとくその保険契約の成立基礎等を基にして限定的に解釈せず、むしろ、右場所を拡大的に解釈していることは明白であり、この点に原判決の大きな問題点がある。

3 ところで、上告人としても、本件自動車の後部部分の構造が原判決の認定のごとくなっていることを争うものではない。しかしながら、上告人の主張は、右を前提として、その用法として、当該後部が座席として使用される場合には「正規の乗車用構造装置のある場所」に該当するが、シート等を倒して荷台として使用する場合には前記のごとき搭乗者保険成立の趣旨からこれに該当しない旨主張しているのである。しかるに、原判決は、荷台がなぜ、「正規の乗車用横造装置のある場所」といえるのか、何ら合理的な説示をなさずして、単に「正規の乗車用構造装置のある場所」に該当しないとはいえないとしているのみであり、これは、明白に理由不備の違法が存するものである。

4 ところで、原判決は前記の通り設計上の問題をもち出しているが、その設計上、当初から本件のごときワゴン車の場合、後部を座席として人が搭乗使用する場合には、その安全面の上からも、シートを起こして、いわゆる後部背もたれのある状態でこれを使用し、反面、後部を荷台として使用する場合には、荷物の積載、搬出の便宜の為、シートを倒して平面にして使用し、かつ、右部分には、人は搭乗しないことが前提となっているのである。そうして、本件自動車のごときワゴン車で荷物も積載しかつ人も輸送する場合には、運転者以外の搭乗者は、シートを起こし後部の背もたれのある座席か、あるいは運転席部分ないしいわゆる助手席部分に搭乗するのが本件自動車等ワゴン車の通常の使用方法である。右を要約すると、本件のごときワゴン車の設計に於ては、ワゴン車の後部を人が搭乗する座席として使用する場合には、その人体の安全面からシートを起こし、背もたれのある状態でこれを使用し、反面、これを荷台として使用する場合には右安全面を考慮することなく、荷物積載等の便宜性を第一としてこれを使用する方法がとられているのである。換言すれば、ワゴン車の後部を荷台として使用している状態は、当該部分はいわば普通乗用車のトランクあるいは、貨物自動車の荷台として評価されるべきものである。(後部に右機能がある為、ワゴン車にはトランクは設置されていないのである。)従って、原判決のいうがごとく、ワゴン車の後部がシートを起こして使用していたか倒して使用していたか否かは、原判決のいう「偶々」おこりうる些細な使用法の問題ではなく、その構造上の安全性の面からは、決定的な差異が生じる極めて重要な問題である。そうしてこのことは、道路運送車両の保険基準二一条、二二条、二四条等に於て、運転席、座席、立席の構造、大きさ等につき、極めて詳細な基準を設定して、人体の安全の確保を法がはかってることからも裏付けられるものである。

5 しかるに、原判決は、右のシートの位置による機能の差異等につき、これを誤解しており、これにつき全く認定判断することなく前記結論を導いており、右は経験則に反する判断であって、この点に関し、原判決には、民事訴訟法第三九四条所定の法令解釈の誤りおよび同法第三九五条一項六号の理由不備、理由齟齬の違法があるというべきである。

四1 次に原判決は本件のごときシートバック(原判決の表現方法をそのまま使用)を倒した場合の安全面の事を多少意識してか、本件のごとき状態で人がワゴン車の後部に搭乗したとしても、本件自動車の側壁にある把手に掴まることによって自動車の動揺、衝撃等の危険に備えることができる旨判示している。

2 しかしながら、右は明白に机上の空論である。本件自動車の右把手は、シートバックを起こし、背もたれの状態がある形式で、換言すれば、人が乗用することを予定した設計上の様式で、その後部座席を使用した場合、同所に搭乗したものが、運転中の多少の身体の動揺を防ぎ身体を保持する為に設置されているものであり、本件搭乗者である美千代のごとく、本件自動車の後部部分に寝ころぶような状態で搭乗したものの安全を保持することを予定して設置されたものでないことは疑いを入れないところである。しかも、右把手はバス等のつり革と異なり、その形状、強度からしても、原判決のいうがごとき状態での使用に耐えられるものではなく、又、右把手のみで、搭乗者がその身体を保持し得ないことは、美千代が本件車外に投げ出された事実からも明白である。さらに、原判決のいうがごとき把手の使用方法でその危険に備えることができるという証拠は、本件全記録上何ら存在しないものである。

3 従って、右の点に関し、原判決には明白に理由不備、理由齟齬の違法が存するものというべきである。

4 又、右のごとき把手の安全機能については、原審に於て被上告人(控訴人)側からの主張もなく、又、これに対する原審での釈明もなされておらず、右は明白に重要な争点の釈明義務を尽さない経験則に反する違法なものというべきである。

五1 以上のごとき、原判決は種々の判断の誤りを前提とした上、「正規の乗車用構造装置のある場所」の解釈を誤り、本来荷台として使用される場所をも「正規の乗車用構造装置のある場所」に該当すると解釈したものであり、右は本来の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者の概念にする制約を加えた前記最高裁判所の判例にも明らかに違反するものであり、民事訴訟法三九四条所定の「判決ニ影響ヲ及ボスコト明ナル法令ノ違背アルコト」は明らかである。

2 又、原判決は、本件自動車の安全性の問題を種々持ち出しているが、右のごとき設計上の問題までをも持ち出すのであれば、当然、それにつき釈明等をなし、鑑定等の申請をうながすべきであり、これをなすことなく前記のごとき本件自動車の搭乗場所の安全性を判断したのは、理由不備の違法があるというべきである。

六1 次に原判決は、本件自動車の美千代の乗車位置は「正規の乗車用構造装置のある場所」であっても、右美千代の乗車方法が極めて異常かつ危険な態様であったばあいには、保険保護の範囲へ入らないとし、本件についても、この点の判断している。そうして、本件のごとくワゴン車のシートバックを倒した後部座席に乗車したからといって「乗員の安全性が著しく低下することを認めるに足りる証拠はないので、右乗員は極めて異常かつ危険な態様で搭乗している者には該当しない。」と解釈している。

2 しかしながら、本件の場合、美千代の搭乗場所が前記詳述の通り、「正規の乗車用構造装置のある場所」でないのみならず、美千代の乗車方法が極めて異常かつ危険な態様であったからこそ本件事故が惹起されたとしか推認できないものである。以下詳述する。

3 まず、右の点で問題になるのが美千代の死亡原因についてである。ところが、右の点につき第一審判決に於ては、本件事故の結果、美千代が本件自動車から路上に投げ出された上、右路面上等で頭部を強打等し脳挫傷等の傷害を受けたものと認定され、当事者間でもこの点について特に争いはなし、被上告人らもこれを自認していた。(被上告人ら提出の訴状参照)

ところが、原審に於て被上告人ら(控訴人ら)はその主張を錯誤に基づくとして、これを変更し、美千代の死亡原因は、同人が本件自動車の車体に頭部を衝突させたか、訴外倉重屋友行運転の大型貨物車の車体が直接同女の頭部等に衝突したためか、あるいは追突による衝撃で美千代が車外に投げ出され頭部等が道路に衝突したか不明である旨主張を変更し、上告人は右主張の変更に異議(上告人提出の平成三年七月二五日付準備書面第三項参照)を述べた。

しかるに、原判決は、右異議の点には全く触れることなく前記被上告人らの変更後の主張と同一の死亡原因不明の事実認定をなしている。

4 右のごとく、上告人が重要な事実についてその異議を述べたにもかかわらず、これについて全く判断することなく、又、充分な釈明を行なわず、被上告人らの主張のごとく美千代の死亡原因不明としたことは理由不備、理由齟齬の違法があり、かつ経験則違反の違法が生じるものと主張する。

5 ところで、原判決が第一審判決をあえて変更し、右のごとき美千代の死亡原因不明との判断をしたのは、もし、右美千代の死亡原因が本件事故の際の追突の衝撃に基づき本件自動車の後部ドアが開き、その結果、同女が車外に逸脱したことに起因すると、右のような事故の態様は極めて稀れであり、かつ、本件後部座席をシートバックを起こし背もたれのある状態で美千代が搭乗していたとしたら少なくとも、車外への転落を原因とする右美千代の致死の結果が発生しなかったことが明白となり、その結果、美千代の本件乗車方法が極めて異常かつ危険なものと判断せざるを得なくなるからと思われる。

6 では、原判決のいうがごとく美千代の死亡原因は不明であろうか。乙第三号証添付の写真「八」「九」には、本件事故現場の道路縁石に美千代の血痕が認められ、その位置は同第三号証添付の交通事故現場見取図記載の通りである。又、他の証拠には美千代の血痕等が付着している箇所を示すものは何ら存しない。(本件自動車、前記大型貨物自動車にも血痕の付着はない。)又、末尾添付の渡辺の起訴状および略式命令の罪となるべき事実(公訴事実)にも明白に美千代が車外へ転落し、その結果、同女が脳挫傷等の傷害を受け死亡した旨事実認定をしている。

さらに、本件事故を惹起した二台の車両ともその破損の程度はそれ程大きくなく、(特に、本件自動車の破損程度は乙第三号証の通りであり、大型車両に追突されたものとしては、その被害は極めて軽微といえ、このことからも本件事故のショックはそれ程大きなものでなかったことは明白である。)又、本件自動車の座席に背もたれのある運転席、助手席に乗っていた渡辺、甲斐孝志は無傷ないし軽傷であった点を勘案すると、美千代は本件事故の衝突のショックで本件自動車の後部ドアが開き、その結果、車外に転落、前記道路上の縁石等で頭部を強打したことにより死亡するに至ったとしか考えられないものである。

7 しかるに原判決は、右の証拠の採否につき何ら合理的な判断を加えることなく、又、美千代の死亡原因等につき鑑定をうながす等の適切な釈明もなさずして、漫然前記のごとく判断をしたのは、明らかに経験則に反する違法なものである。

8 関係各証拠によると、美千代は、本来荷台として利用されることが予定され、かつ現に荷台として利用されていた本件自動車の後部に搭乗し、かつ、座った場合には、その身体を保持することがきわめて困難なところから、その搭乗姿勢は、寝転って横になるような状態で搭乗し、かつ、右のような極めて不安定な搭乗姿勢、態様であった為、本件事故の衝撃で本件自動車の後部ドアが開き、その結果、そのショックで、同所に積載されていた荷物とともに極めて容易に車外に転落、その結果、頭部等を強打し、死亡するに至ったものとしか考えられないものである。しかも、本件事故の衝撃等は、本件自動車の他の乗員の傷の程度および車両の破損の程度ならびに乙第六号証等からしてそれ程大きな衝撃でなかったことは明白であり、右の事実関係に基づけば、本件の美千代の乗車態様は、その乗員の安全性が著しく低下した状態のものであり、かりに美千代の乗車場所が原判決のいうがごとく「正規の乗車用構造装置のある場所」であるとしても、その乗車方法は極めて異常かつ危険な態様で搭乗していた者であるから、本件保険の保護を受けないものというべきである。

9 しかるに、これと異なる判断をしている原判決は、民事訴訟法三九四条(判決ニ影響ヲ及ボスコト明ナル法令ノ違背)および同法三九五条一項六号の違法があるというべきである。又、前記最高裁判所の判例(当該乗車用構造装置の本来の用法によって搭乗中の者の解釈)にも抵触する違法がある。

七 本件の保険契約は、正規の乗車用構造装置をもつ安全性を前提として、その構造装置のある場所に、これに搭乗中の者の接している平均的危険を基礎として成立しているものである。右保険成立の基礎を前提とすれば、「正規の乗車用構造装置のある場所」および「同所に搭乗中の者」すなわち、被保険者の資格も限定的に解釈されるべく、確かに本件では、美千代につき致死という重大な結果が生じ、その意味で同情は禁じ得ないものが存するが、法(契約)解釈としては、美千代は、本件事故当時、本来荷台として使用されていた箇所に荷台であることを充分認識した上で、かつ、極めて不安定な横臥する状態で乗車し、その結果、致死の結果が発生したものでおり、搭乗者保険の保護を受けるのは相当でないと思料され、右を是認した第一審判決こそ正当な判決というべきである。

八 以上述べたごとく、原判決には、民事訴訟法三九四条(判決ニ影響ヲ及ボスコト明ナル法令ノ違背)および同法三九五条一項六号、経験則違反、前記最高裁判所の判例にも抵触する違法があり、到底破棄を免れないものというべきである。

(なお、参考の為、渡辺の本件事故に関する刑事裁判の略式命令、起訴状および一般的なワゴン車の荷物を積載した状態での使用状況を撮影した写真を添付する。)

(添付書類省略)

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